観光では見えないバリ島|ゴミ最終処分場で見た「捨てた後」の世界
ゴミ最終処分場で見た「捨てた後」の世界
私は長年、バリ島を撮影してきた。
美しい海、棚田、寺院、祭り、人々の暮らし。
何度訪れても、この島には撮りたいと思わせるものがある。
だからこそ今回は、これまでとは少し違う場所へカメラを持って行くことにした。
バリ島のゴミが集まる最終処分場だ。

トラックの列と巨大なゴミ山
Threadsには、現地からこんな投稿をした。
「今日はバリ島のゴミ山撮影に来ています。
綺麗ではないバリ島撮影になります。
マスクをしていても臭いがすごいです。」
この投稿には、予想していなかったほど多くの反応が寄せられた。
「なぜこんな場所を撮るのか」
「バリ島の印象を悪くするのではないか」
そんな意見もあった。
もちろん、バリ島を批判したいわけではない。
むしろ逆だ。
長年この島を訪れ、撮影してきたからこそ、美しい風景や文化だけではなく、
その土地に存在する現実も写真として残したい。
そんな思いで、私はゴミ山へ向かった。
朝から並ぶゴミ収集車
処分場へ近づくと、最初に目に入ってきたのはゴミを積んだトラックの列だった。
朝早い時間にもかかわらず、何台ものトラックが処分場へ入る順番を待っている。

ゴミ山の脇に続くトラックの列
なぜ、こんなに並んでいるのだろう。
現地で話を聞くと、その背景が少しずつ見えてきた。
運転手が一日にゴミを運べるのは、通常は一回。多くても二回程度だという。
運搬で得られる金額はトラックの大きさ、つまり積んでいるゴミの量によって変わる。今回話を聞いた標準的な大きさのトラックでは、一回の運搬で得られる金額は日本円にしておよそ2,000円とのことだった。
できれば一日に二回運びたい。
そのため、運転手たちは朝早くから動き始める。
しかし、処分場が一日に受け入れられる車両数には限りがあるという。
さらに現場を見ていると、もう一つ理由がありそうだった。
一台ずつ、重機でゴミを掻き出す
処分場に入ったトラックは、到着するとすぐに荷台を空にして帰っていくわけではなかった。
私が見た現場では、重機がトラックの荷台からゴミを掻き出していた。
掻き出したゴミを重機がゴミ山へ積み上げていく。
この作業を一台ずつ行っている。

ゴミを持ち上げる重機
当然、一台の荷下ろしにも時間がかかる。
次々とやって来るトラック。
それを一台ずつ処理する重機。
朝から続いていたトラックの列を見ながら、この作業方法も待ち時間が生まれる一因なのかもしれないと感じた。
目の前に現れた「ゴミの山」
さらに奥へ進むと、文字通り巨大なゴミの山が現れた。
遠くから見ると、一瞬、普通の斜面のようにも見える。

斜面を覆い尽くすゴミと、その上に見える重機
しかし近づけば、その一つ一つが人間の生活から出たものだと分かる。
・ペットボトル
・ビニール袋
・容器
・衣類
・生活用品
そして、観光客である私たちが日常的に使っているものと変わらないものも大量にある。

ゴミ山の足元に残る生活用品
マスクをしていても臭いは強かった。
写真には、その臭いは写らない。

ゴミの間を奥へと続く谷
ゴミ山で働く人々
ゴミの山を撮影していると、籠を持って歩いている人たちがいることに気づいた。
山の上にも、同じような人たちが10人ほど見えた。

ゴミ山の上に並ぶ大きな袋と、そこで働く人
現地で聞いた話では、彼らはゴミの中からプラスチックなど、再利用できるものを拾い集めているという。
そして、集めたものをリサイクル業者へ販売し、それを収入として生活している。

籠を持ち、ゴミの中から資源を拾い集める人々
巨大な重機がゴミを動かす。
そのすぐそばで、人が籠を持ってゴミの中から資源になるものを探している。
大量のゴミを動かす機械と、一つ一つを拾い上げる人間の手。
同じ場所で、その二つの作業が同時に行われていた。

人々のすぐそばまで迫る重機
私はその光景をしばらく撮影していた。

巨大なゴミ山、重機、そこで働く人々
ゴミは、その後どうなるのか
運び込まれたゴミは重機によって積み上げられていく。
一定量になると、その上から土をかぶせて埋めていくという。
処分場を歩いている途中、土の中からゴミが顔を出している場所があった。
最初は不思議な光景だった。
しかし、以前ゴミが埋められた場所だと聞くと、その意味が分かった。

断面のように露出した、土とゴミの層
さらに下の方には、黒い液体が溜まっている場所があった。
とにかく臭いが強かった。
この液体が何なのか、どのように処理されているのかについては、記事公開までに資料を確認したいと思っている。
ただ、実際にその場所に立って感じた臭いだけは、今でも強く記憶に残っている。
私たちは「捨てた後」をどこまで知っているのだろう
私たちは普段、ゴミ箱にゴミを入れれば、それで終わったように感じている。
旅先なら、なおさらかもしれない。
ホテルで飲んだペットボトル。
レストランで残した食事。
買い物でもらった容器。
旅行中に使ったさまざまな使い捨て用品。
ゴミ箱へ入れれば、私たちの視界からは消える。
しかし、なくなったわけではない。
誰かが回収する。
誰かがトラックで運ぶ。
処分場には朝からトラックが並ぶ。
重機がそれを掻き出す。
その中から、再利用できるものを人が拾う。
そして残ったものは積み上げられ、やがて土の下へ埋められていく。
今回初めてその先を自分の目で見た。
「観光客も当事者なのではないか」
Threadsの投稿には、バリ島在住者、旅行者、そして現地の方などから、さまざまな意見が寄せられた。
「在住者としてゴミ問題が一番の悩み」
「観光客もゴミを出している側ではないか」
「外貨が入ってくる一方で、大量消費も生まれている」
「捨てた後まで考える必要がある」
「最終的に処理する施設そのものが必要なのではないか」
別の島でも同じようなゴミ山を見たという体験談も寄せられた。
もちろん、SNSに寄せられたコメントをそのままバリ島全体の事実として扱うことはできない。
しかし、一枚の写真をきっかけに、これだけ異なる立場の人たちが自分の経験を語り始めたことは、とても印象に残った。
観光客である私たちも、この風景の外側にはいない
バリ島のゴミ問題を、現地の人たちだけの問題として考えることには違和感がある。
私自身、バリ島を何度も訪れてきた観光客だからだ。
飛行機で島へ入り、ホテルに泊まり、食事をし、水を飲み、買い物をする。
そして当然、ゴミを出す。
観光はバリ島に大きな経済的恩恵をもたらしている。
その一方で、観光によって生まれる消費と廃棄物についても、私たちは考える必要があるのではないだろうか。
ただし、「バリ島のゴミ問題は観光客が原因だ」と単純化するつもりもない。
住民の生活、観光産業、廃棄物の収集、リサイクル、最終処分、処理施設、海から流れ着くゴミなど、さまざまな問題が重なっているはずだ。
その実態については、客観的な資料を調べた上で改めて整理したい。

ゴミの山と、そこに並ぶ回収物。人の姿がそのスケールを伝える
ゴミ山から見えた、バリ島の海
処分場の上から、その先に海が見えた。
青い空の下に広がる、バリ島の美しい海だった。
けれど、現地で聞いた話では、私が立っているその土地も、これからゴミが埋め立てられていく場所だという。
美しい海を眺めながら、その手前にある土地がこれからどうなっていくのかを考えた。
少し複雑な気持ちになった。

ゴミ処分場の向こうに広がる緑と海
バリ島の美しい海と、巨大なゴミの山。
それらは別々の世界に存在しているわけではない。
同じ島の、同じ風景の中にある。
私はこれからもバリ島の美しい風景を撮りたい。
寺院も、祭りも、棚田も、海も、そこで暮らす人たちも。
でも、それだけではなく、その土地で実際に起きていることも記録していきたいと思う。
今回ゴミ山を撮影したのも、バリ島を批判したいからではない。
長く撮り続けてきた、好きな場所だからだ。
そして今回この場所を訪れてから、一つ考えるようになった。
私たちが何気なく捨てたものは、その後、どこへ行くのだろう。
旅先でも、日常でも。
ゴミ箱へ入れたその先まで、少しだけ想像してみる。
この写真が、そのきっかけになればと思う。


